企業における意思決定~理論と実践のギャップ~

岡安英俊

以下の文章は5月14日のVALDESフォーラムにおいて 「企業における意思決定~理論と実践のギャップ~」と題して行った講演の内容を、 フォーラムご担当である助教の小林先生のメモや、質疑応答における議論を基に 加筆・再構成したものである。 VALDESに着任して2か月ということで、自身のVALDESでの学習・研究経験および、 重大な意思決定を目の当たりにする経営戦略コンサルティングファームでの経験から、 修士課程の学生を主な対象として、私の考える「2年間でするべきこと」を申し上げた。 第1部においては企業における意思決定の実態、第2部ではそれらの意思決定における コンサルタントという第三者の役割、第3部ではこれらを踏まえてVALDESで学ぶべきこと、 という3部構成において講演を行い、その後20分程度の質疑応答を実施した。

はじめに

VALDESのWebサイトに掲げられている 「せまりくる現実の問題は文系・理系の学問的区別を待ってくれません」という理念。 これが、企業における意思決定には密接に関わっている。 過去に前例がないグローバル時代の競争において「カンと度胸と経験」だけでは 正しい意思決定などできるはずもなく、そこには問題を言語化する文系的なセンスと、 事実に基づいて科学的な分析を行う理系的センスの双方が必要とされている。 ただし、こうした意思決定については必ずしもVALDESで学ぶような意思決定の理論を そのままでは適用することができないし、適用した後にもハードルが存在している。 そのような理論と実践のギャップについて、まずはお話することにしたい。

1. アカデミックな意思決定理論と現実のギャップ

まず、ここでいう「企業の意思決定」の例を述べる。 企業の中では個人レベルでの意思決定 (e.g. 今日はどこに営業に行くか、目の前のお客様に何を言うか...etc.) が日々行われているが、ここでは企業(もしくは事業部)といった組織体が 1つの意思決定主体として行う意思決定について取り扱う。具体的には
ある商品カテゴリーで、競合からシェアを奪うにはどうしたらよいか?
事業のポートフォリオをどう組み換えれば、今後の成長が望めるか?
組織を活性化するために、組織・人事制度を変えた方が良いのだろうか?
持ち株会社への移行に併せて、新しい経営ビジョンを策定したいのだが?
ある技術の事業化にあたり、どのようなビジネスモデルにするべきか?
アジア市場への進出を行いたいが、どの国にどうやって進出すべきだろう?

といった意思決定状況をイメージしてもらうとよい。こうした状況を扱う際に いわゆる「意思決定の理論」がどの程度役に立つのだろうか。

そもそも意思決定の理論といっても幅広い。経済学、社会学、心理学、法学、システム科学など、 さまざまな分野で意思決定の研究が行われている。 これらの理論を大別すると、少数の原理を前提とした上で意思決定を予測する規範的アプローチによるもの、 現実を表現するモデルを作り分析を行う記述的アプローチによるもの、 実際の問題に対して対処方法を与える処方箋アプローチ......といった手法に分類することができる。 これらの理論は企業の意思決定を支援するのに有効なツールとなるのだろうか。 もちろん、これらを学ぶことによって「意思決定状況を見る目」を涵養することはできる。 ただ、これらの理論がそのまま企業の意思決定に適用できるかというと、それはやはり難しい。

そもそも、現実の問題は(ファイナンスなど一部の問題を除いて)定量化しづらいため、 数理モデルを前提とする規範的アプローチや記述的アプローチを適用することが難しい。 実際の意思決定状況はそこに存在するプレイヤーや効用関数について不完全情報であり、 意思決定の時間が限定されているという限定合理性もこのことの要因となっている。 また、このような状況でSSMに代表される、問題状況を定義するための処方箋的な手法が そのまま利用できるかというと、これもなかなか難しい。 いきなり来た外部の専門家が方法論を振りかざすこと自体が歓迎されないためである。

また、意思決定の理論は(悪意的な言い方をすれば)「決めたら終わり」であるが、 企業の意思決定においては「意思決定の結果をどのように実行に移してもらうか」という インプリケーションが意思決定それ自体より高いハードルであることも少なくない。 なぜなら、企業の意思決定においては意思決定基準が曖昧だったり、 未来の不確実性が大きいため、解が一つに決まらずに議論が平行線をたどることも多い。 そのため、いかに納得感のある解を作り、関係者の腹に落とすかが重要である。 インプリケーションのプロセスにおいては、現場が細部の作り込みプロセスに関与してもらうことで オーナーシップを醸成したり、KPIをモニタリングする仕組みを作って言い訳ができないようにする、 といった手法が用いられることもある。とはいっても、そもそも現場に飛び込んでいった際に得た 「この人は現場を分かっている」という信頼の方が大きな後押しとなることも多い。

2. 企業の意思決定におけるコンサルタントという第三者の付加価値

ここまでは企業における意思決定と、アカデミックな意思決定理論との間に存在するギャップについて、 「方法論がそのまま適用できるのか?」「意思決定することがゴールなのか?」という2点から論じた。 ここからは企業の意思決定において、コンサルタントという第三者が生み出しうる付加価値について 大きく3つに分類して、私の考えを述べていきたい。

まず、経営を科学的に分析するプロフェッショナルとしての付加価値である。 無数の情報に溺れることなく、過去の経験を元に仮説を立て、ファクトベースでそれを立証していくというプロセスである。 ここで最も難しいのが「仮説を立てる」部分なのだが、課題仮説/打ち手仮説のいずれを立てるときにおいても、 過去のプロジェクト経験や、グローバルで蓄積されている知見に基づく「パターン認識」が大きな威力を発揮する。 ただし、こうした過去の仮説がそのまま当たることは少ない。むしろ、細かい部分では外れていて当然である。 この仮説を文献調査、定量分析、インタビュー、アンケートといった手法で検証・進化させていくことになる。 その際には議論の全体像を描くマクロな「鳥の眼」、現場から新鮮なネタを拾ってくるミクロな「蟻の眼」という 2つの視点を行ったり来たりしながら、相手にとって「目からウロコ」となるような付加価値のある情報を生み出していくことになる。

次に、社内での議論をファシリテートするプロフェッショナルとしての付加価値である。 コンサルティングが依頼されるような問題は、社内的に議論しても答が出なかった問題だから、 議論の全体像を明確にした上で、必要な材料を提供することで、意思決定を支援する(時には「迫る」)。 意思決定の支援に際しては、納得感のあるシンプルなモデルで説明することが重要である。 現実的な話をすれば、企業価値の算定など一部の例外を除いて、四則演算以上のことは行わない。 考慮する変数も絞り込み、オプションのトレードオフを明快に示すことができればベストである。 (戦略とは「何をやらないか」であり、「全部うまくやる」のはただのオペレーション改善) それ以上複雑なモデルを立てても、メカニズムが理解しづらい以上、議論が発展していかない。 また、それまでの議論で部門と部門の間に落ちてしまっているような問題の場合、 それらの隙間に入り込んで議論を生み出し、タコツボを割る機能も果たす。 もちろん、これに加えてアクティブ・リスニングなど、基本的なファシリテーション・スキルは必要とされる。

最後に、意思決定をインプリケーションするプロフェッショナルとしての付加価値である。 どんなに優れた意思決定も実行に移されなければ絵にかいた餅、報告書は高級紙芝居となってしまう。 それゆえ、フィーに見合ったインパクトを出すために、実行段階まで支援することが求められることも多い。 まずは決定内容の社内への落とし込みである。感情的な批判の矢面に立ちつつ、 新しいものを受け入れてもらうように粘り強く説明を行っていく。 その上で、着実に実行されるようにモニタリングすべき指標(KPI)を設定、 モニタリングのために必要なツール(主にはエクセルで作成した表)についても個別に作成する。 その上で継続的にPDCAサイクルを実行して、施策を着実にブラッシュアップ、クライアントと共に結果を出していく。

これら付加価値の具体例として、1点目で述べた「科学的な分析」について、例を挙げながら説明を行った。
全体像を示す
市場の全体像を面積グラフ/バリューチェーンで表現、事業拡大の方向性を示した分析
メカニズムを示す
営業1人あたりの売上をいくつかの要素の積に因数分解、それぞれの要素を改善するためのレバーを示した分析
相関関係を示す
顧客の売上規模と販促費率の相関を見ることで、非効率的に販促費が使用されていることを示した分析

3. VALDESの2年間で学んでほしいもの

修士課程を修了する多くの学生は企業に就職して、必ず「企業の意思決定」に関与していくことになるだろう。 これに取り組んでいくためには、VALDESで修得できると思われる、次に述べるような能力が重要となる。
知識ではなく(それも重要ですが)ひとつの問題に粘り強く取り組む姿勢
問題をきちんと言語で定式化して、科学的に分析する文理融合の感覚
多様性のある人々をファシリテートして、アウトプットにつなげる力

これらの能力を得るために、自分の専門だけに留まらず、 専門とは全く違う分野の特別演習に乗り込んでいって議論を仕掛けたり、 DPにおいてメンバーが持つ能力をどうやって活用するかを考えたり といった「知的武者修行」に取り組んで頂きたいと思う。

但し、VALDESの人々が陥りがちな罠もある。それは先の話に矛盾するようだが「多様性」である。 VALDESの多様性がどんなに高いといっても「大学院生」という知的水準の高い(ことが期待される)、 ある一定レンジの年齢の中における多様性に過ぎない。であるがゆえに 「どんな人に対しても伝わる言葉を使う」という努力を怠りがちになってしまうのもまた事実。 特に年齢が高い人とどうやってうまくコミュニケーションを取っていくか、という部分については アルバイトやボランティアなど、学外での活動を通して見つけて頂けたら、と思う。

質疑応答

Q. 優秀な経営者はいま述べたような能力を既に持っているものと思うが、なぜそういった人たちがコンサルタントを使うのか?
A. いくつかの要素があるが、なかなか1人で考えを進化させることは難しいので、議論のパートナーとしての役割がある。 また、経営者が現場を見る余裕がないとき、ミドルでフィルタリングされがちな現場の情報を拾ってくることができる。 そして、プロジェクトチームを組んで課題解決に当たることによる、次世代経営者の育成という役割を期待している人もいる。 もちろん、単にグローバル・ネットワークを活用した情報源としても有用だが、それだけと考えると割に合わない部分もある。

Q. 意思決定のアドバイザリーとして、もしその意思決定が失敗した場合に、どのような形で責任を負うのか?
A. 基本的にはプロジェクト期間に応じたフィービジネスなので、金銭的な責任を取ることはできない。 思うようにインパクトが出なかった場合、インプリケーションの期間を延長するなど、継続的なフォローを行っていく。 一部のコンサルティングファーム、特にベンチャー支援を得意とするファームについては、成果に応じた報酬体系であったり、 報酬をエクイティの形で受け取る、というビジネスモデルを取っているところも存在する。

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